名所案内
神谷川と芦田川が合流する東側にあり、通称「天王さん」と呼ばれています。
『延喜式』神名帳深津郡条にみえる「須佐能袁能神社」に比定されており、素盞嗚・稲田昆売命・八王子命・祇園社・天王神社など称しています。また、別当寺として早稲山天王寺が境内地にありました。
主な例祭には、祇園祭と大祓祭(茅輪神事)があります。
祇園祭は、毎年7月の第2か第3の土日に開催されます。町内上げてのにぎやかな祭りです。
吉備津神社は備後国一の宮と称された古社で、大同元年(806)、備中一の宮より勧請したと伝えられています。寛喜元年(1229)・元弘二年(1332)と炎上し、その後永和二年(1376)の復興にあたって従来の三殿並列の形式を改めて一殿に合祀し、さらに明徳三年(1392)に桁行十二間・梁間七間の社殿を造営しました。この社殿も近世に至って荒廃し、慶安元年(1648)福山藩主 水野勝成が旧規模にならって社殿を造営しました。素材提供:吉備の国探訪
芦田川南岸に接した標高約190bの東西に長い丘陵(通称城山)上に築かれた山城です。現在の相方城は、戦国時代末期から安土桃山時代にかけての短期間に使用された山城で、県内の山城の中で立地・遺構ともに特色を持つもので近世城郭への過渡期の様相を示すものとして重要な位置をしめる遺跡です。 素材提供:城郭放浪記
大滝神社の境内に湧く単純弱放射能冷鉱泉で、以前は浴場も造られていました。関が原の合戦の際にも落ち武者が、ここの水で湯治された記録が残っています。
現在は地元のご苦労で水汲み場が整備され、近郊はもとより遠方からも多くの人が水を汲みに訪れています。
新市町藤尾に流れる父尾川にかかっています。下流から登っていくと順に一の滝、二の滝、三の滝となっています。
特に二の滝は落差23メートルありかなりの迫力があります。



新市町常の芦浦地区にあり、一辺約12mの八角形墳です。