櫻山城

桜山慈俊挙兵の地

1311年に桜山茲俊の居城として築城されたと言われています。

吉備津神社の南に位置し、吉備津神社城郭群にあって
吉備津神社に最も近く西を守る鳶尾城、北を守る木曽丸城とともに吉備津神社の三方を取り囲んでいます。

元弘元年(1331)の元弘の乱にて、後醍醐天皇による倒幕の動きに呼応した
備後の豪族宮氏の一族桜山慈俊(これとし)は、楠木正成らとともに南朝方として挙兵し、一時は備後国南部を制圧下におき、
備中へ勢力を伸ばそうとしたが、楠木正成戦死の誤報を受け、兵が離散してしまい戦線を維持できなくなった

慈俊は一族郎党とともに翌2年(1332),櫻山城と吉備津神社に放火し自殺したと伝えられる。

明治に入って櫻山城主郭に櫻山神社が祀られ、のちに現在の吉備津神社神宮寺跡に遷移された。

広島県福山市新市町宮内600 Googleマップ